伊勢物語を読むの著者宇都木敏郎が綴る徒然話、今回は「雑草取り」です。世の中は驚きに満ち、日常の全てに興味がそそられます。人生を勉強と追求に掛け・・・2014年4月10日没

雑草取り

雑草取り

今年、7月の中ばから8月いっぱいかけて草取りの仕事を続けた。といっても8月までは梅雨が降り止まず、そんな日は外に出る気にもならなかったので、実際はそれほどはやれなかったのだが、毎日草取りをし続けた。わずか 200坪くらいの花と野菜畑の中を、小さな鎌と指先を使ってはいずり回っていた。

実際は「草取り」というには気がひけて、「草ひき」とでも言ったほうがいいのだろう。目立つ大きな草だけは鎌でかき切っても、小さな草まで取ることはできないから根が残り、雨が降り、4、5日もたてばまた元通りに草は生え出してしまう。するとまた前の所に戻って同じ事をくりかえす。我ながらよくも飽きずにやっていられるものだと感心するくらいに、とにかく毎日が雑草との戦いに終始した。

そうした間に感じたことだが、小さな草はだまって抜き取られる。中( 5p)くらいの草は引き抜くと「くさっ」という音をたてるような気がした。それで「くさ」という名はそこから始まったのではないかと思った。手で引き抜けないほどの大きな草は鎌で根を刈り取る。すると「きっ」という音をたてるように思えた。今まで「切る」というのは武士が刀を使ってするのではないかと思っていたのだが、そうではなく、農作業が始まりではないかという勝手な実感を持った。

人が草と戦うのは大変である。狩猟と移住だけで生きていた昔の頃は自然との戦いはそれほどには感じられなかったろう。人類が鉄性の鎌を使用することができるようになった時、それはまさに革命と言える程の進歩ではなかったかと思う。それは自然(植物)との戦いの第一歩である。勿論毎日やらなければまた元に戻ってしまうのだから、草に勝つとは言えないのだけれど、鎌という器具は効率良く草に対抗できる、凄い器具なのではないかという気がした。

定住するというのは草を取ることから始まる。定住して、そこに食べられる野菜を植えても、目を放すとすぐに野菜のすぐそばまではびこる雑草は実に厄介なほど強靭である。そうした自然の力に対抗するには、人はたゆまざる努力を続けなければならない。それは当たり前のことなのだけれど、それが縄文から弥生に進展した歴史なのだ。

日本のように、夏に雨の多い土地でないと、強い雑草はそう多くは生えないだろうから、そんな気候の所は牧畜の方が適する。しかし目をはなすと羊には食べられない植物も増えてきて、やはり有用な牧草を増やす不断の努力が必要であろう。それは地中海性気候の、冬に雨が多くて寒い土地にはぴったりしている。二つを比較すれば農耕よりは牧畜の方か楽なのではないかと思う。

すすき:何しろ私の畑のすぐ隣には、農家が農耕を止めたために荒れ地となり、今では薄が生い茂ってそのうち木まで生えてきそうな休耕田が存在するのである。薄は日本の雑草の中では最も強いと言われている。その休耕田の中からまず這い上がってきて、作物の上に覆いかぶさろうとする勢いを見せたのは、昔「八重むぐら茂れる宿」(分類学上のヤエムグラは弱い草)といわれるくらいに恐れられたカナムグラである。この蔓草は茎にも葉にも強い"とげ"が生えていて、うっかり触わると皮膚を傷つけるから要注意である。必ず手袋をして、鎌でたぐりよせて蔓を切る。蔓で伸びるだけでなく、あちこちに根を下ろして生えてくるから油断できない。植物の中では何の風情もない敵である。

そして驚いたのは、あの可憐な青い花を咲かす北米原産のオオムラサキツユクサである。この草は可憐などころか、果敢にも1メートルも長く茎を延ばして一面に大発生し、茂りに茂るのである。私は初め花を愛してこの草を残しておいたが、後ではあきれて全部刈り取ってしまった。とんだ食わせ物だという気がした。

つくし:どうにもならないで負けを認めざるを得ないのは、土筆の親であるスギナである。この草は地中に地下茎を潜ませて節めごとに地上に茎を延ばしてくる。地下茎は土の色をしているから見分けにくい。鎌で地下茎を探って切り取っても深くは取れないから根は残ってしまう。これを退治するには農薬を使うよりほかないのだが、農薬は他の植物にも毒となるから、土を痛めてしまう。無農薬農業を標榜するのならば、引き抜くくらいしかできない。後は虫よけの竹酢などを撒いて、水肥料などで野菜の力を増やしておくぐらいしかないのである。しかしそのためには不断の努力が必要で、そこまではやりきれないと思えば、スギナには負けたとして、結局あきらめざるをえない。 雑草の中には虫の好きなのもあって、アカザはよく虫が食うから、私は取らずに残しておくようにするが、この草は放っておくと高さ1、5メートルにもなって、茎も堅くなり、鎌がたたなくなる。老いた草の中にはこんな強い力を持つものもあると感心した。回りの農家を見ると、けっこう農薬を使っている。キャベツ畑などシートをかけておいても、こおろぎなどの虫が入りこんでくるが、農家は自分の家で使う野菜には農薬をひかえ、出荷する野菜には最後の検査を免れる程度に最初に強い農薬をかけておく。農薬を使った作物は出荷用、自分の家で食べる作物は別である、これは直接農家から聞いた話だから間違いない。そんな話を臆面もなく口に出すことに私はあきれてしまったが、政府の基準を通り抜ければよいだけの勝手なモラルには防ぎ様がない。

米 の読み方

草取りのかたわら読書をしていて、「米」という漢字の本当の読み方を知った。米はコメと言わず、ヨネと言っていた。柳田国男は中世の終までヨネを使っていて、イネと同系であると言ったが、これは正しいだろうか。沖縄でヨナ、ヨネ(yone)、ヨニというのは。細かい粒状のものが積ったものもので、ヨナは海の砂、ユニは米だけでなく麦、栗まで積ったものを指す。火山灰もヨナという。イネ(ine)というのは別系統の語である。またコメ(kome)に対して、柳田は忌言葉であるという。 

2012年8月