「大きなポリープがあります。できれば…」その先は何を意味するか?
「入院手続きをして下さい。胃の大部分を切り取ることになります」
そんな重大な事をなんで軽々しく言う?
寝巻に洗面具、保証金、整えて待つわれに、病院からは何の音沙汰もない。
一週間、二週間、不安を重ねて待つ一月、「あす入院して下さい」
点滴をつけてよろよろと歩く老人、自分もそのうちああなるのか?
「癌が見つかりました。初期癌です」……今はもう諦めて何も言わない。
いつの間に終ったのか、薄暗き集中治療室にわれはあり。
うとうとと心地よく眠るわが意識、確かめるごとく、名を呼ぶ看護婦の声
看護婦の大声の度に、痛み起きて、ああその声を今は止めてよ。
麻酔未だ覚めざるごとし。甲高き奇声を挙げる隣の患者。
奇声とうなり声と叫喚の乱れ飛ぶ、地獄模様の集中治療室。
断続してつきあげるこの堪え難き痛み、もうどうするすべもない。
看護婦のかん高い声、靴音、すべてに反応するわが腹の痛み、想像を絶するこの痛みよ!
痛み起こる度に全身収縮し、ただ唸り声たてて耐えるのみ。
喉に鼻に腕に管は通りて、身動きならぬ悲しき患者われここにあり。
啖つまり、声なく伏せるわれをせかし、歩かす、看護婦の白い顔。
看護婦は見ているだけで何の手も貸さない、非情さ。
よしさらば痛みこらえて独りで立つか。
よたよたとかがまり歩くわが姿、妻はそれをどう見ていたろうか。
痛み起らば深呼吸せよという、われを助けて妻もまた深呼吸せり。
点滴の針ちくちくと腕に刺さり、身体中に浸みわたる薬剤。
点滴の漏れて腕ぱんぱんに腫れ、看護婦の「やーだ」の声に驚く。
腹ふくれて痛し。中に何もない腹がなぜこんなに痛いのか。
ふくれた腹からガス静かに漏れ、手をたたいて喜ぶ看護婦のうれしがり。
重たくのしかかる傷痕(きずあと)、はきそうな気分、このままの時間をただ耐えるのみ。
悲しいと思わないのに、ひとりでに、ひっきりなく滲み出る涙。
小さくなった(五分の一)胃は存在感なく、空腹感なくて食欲も起らない。
味のない重湯、生ぐさいスープ、ただ義務的に飲んでいる。
目に見えて体力つき、見舞い客に安心させられるだけが嬉しい。
ほんの少しの重湯とスープ、それでも飲めばきりりと痛む胃がそこにある。
いきなり三分粥、かまぼこ、ほうれんそう、果物。こんなに変わっていいのか?
三十分かかって丁寧に食べよという。十五分たつうち疲れて横になる。
五分粥と鱈と野菜の煮付け、皆くたくたに煮て、味もそっけもない。
腹帯の下に癒えて、腹まで続く傷痕、そこまで切って胃を取り出したのだ。
まだ鉛の板のような腹が重い。が、これでようやく一安心。家に帰れる嬉しさ。